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追悼公演 [お仕事]

11月5日
習志野文化ホール『第10回 習志野寄席』 
文都兄さんがお世話になっていたT病院のK院長先生と話し合って、
病気の兄さんを励ますために企画した会だったのだが、残念ながら間に合わなかった。
ほんのひと月前に電話で
「『壺算』か『胴乱の幸助』を演るからな」と言っていた兄さんの明るい声が今も耳に残っている。
周囲の人には、「最後の高座になると思う」ともらしていたらしい。
つくづく残念無念…。
急な企画にもかかわらず、
兄さんのお人柄もあって、K先生をはじめとする地元スタッフの皆さんや志の輔師匠のお力で、
1000人以上のお客様がいらっしゃった。

そして、偶然にこの会を知った家元が駆け付けてくださった。
この偶然が不思議だ。
円楽師匠の告別式を終えて、楽太郎師匠が家元のところにご挨拶にいらした。
その時、全楽くん(元は家元の弟子の国志舘)も同席していて、
彼が、この会があるから先に失礼をさせてもらうと言って、家元の知るところとなった。
全楽くんがいなくなってから、家元が「文都のためなら俺も行こうか」と言った。
楽太郎師匠が「ではお送りします」と、会場まで連れて来てくださったのだ。
どう不思議かというと…
全楽くんは自分を拾ってくれた円楽師匠の葬儀の後に、
立川を抜けて以来初めて、元師匠の家元談志と対面を果たすことができた。
そのために、文都兄さんの追悼公演を家元が知った。
楽太郎師匠が家元を連れて来てくださった会場の習志野文化ホールは、
亡くなった円楽師匠の師匠、六代目円生の最後の高座となった会場なのである。
そこに、円楽襲名が決まっている楽太郎師匠がいらっしゃるなんて…
円朝ばりの因縁ものって気がしませんか!?

追悼公演では、志の八、全楽、続いて私が仲入り前をやらせてもらい、
仲入り後に、家元が『あの町この町』で上がって、文都兄さんへの追悼を述べてから小噺で客席を沸かせ、
正二郎さんの大神楽、本来は兄さんがつとめるはずだったトリを、志の輔師匠がつとめた。
家元は高座を終えるとお帰りになったが、兄さんはきっと喜んだに違いない。
最後に、K先生、出演者と志雲、志の吉が黒紋付き羽織袴姿で舞台に並び、
橘蓮二さん撮影の文都兄さんの高座姿をスクリーンに映して、
兄さんの出囃子『せり』を聞きながらしばし会場の皆さんと兄さんを偲んだ。
最後の最後は志の輔師匠の「文都、お疲れさま!」の声をきっかけに、
会場の皆それぞれが「文都!」「師匠!」「文都兄さん!」などと呼びかけながら追い出し太鼓が鳴った。
緞帳の降りた幕内で、K先生の音頭で三本の手締めをして、陽気に兄さんを送った。

励ます会が、思いがけず追悼の会になってしまったのは重ね重ね残念だけど、
皆の兄さんへの思いがこもった会だったと思う。
取材に来ていた新聞記者に「私が立川流の年番だからやっている」と思われていたのは心外だったが…。
年番だってやらない奴はやらないし、そんなことだけでやれるもんじゃないのがわからない人っているんだねぇ。
この習志野の会のことを、その記者に聞かれて、
「もっと中央でやってやりたい」と答えた弟子がいたらしいが、是非やってもらいたいものだ。
見舞いにも行かないような人間が、客前で泣くなよ!
葬儀にも行ってないだろうが!
死んでからじゃ遅いんだ!
生きているうちに何かできることを、と思っていたら、結果、間に合わなかっただけ。

気遣いの文都兄さんが気を遣わず演りやすいようにと組んだプログラム。
兄さんが「ベストメンバーや!!」と言ってくれた。
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コメント 3

奈瑠実

いい会になりましたね[涙]
『なんとか励ましてあげなきゃ!』その気持ちは間に合わなかったかもしれないけど出演者の方々や客席からの声で十分文都師匠に伝わったと思います。
偶然が偶然を産んで家元も来られて。
心ない人達には怒りを感じますが、それ以上にあったかい心の方々たくさんいましたね。
つまらない弟子の事に腹を立てるより(「何考えとうと~!!」と私だったらその場で怒鳴りつけるかもしれませんが(^_^;))兄弟子の分まで高座で楽しんで、会場に来られた方々にもこれからも楽しい落語を演って下さい。
by 奈瑠実 (2009-11-07 15:55) 

小浜

ワイドショー的みかたじゃなく、落語徒弟制度の絆を感じるブログでありました。ほんもの兄弟弟子でも、見舞いに来てないよ!という思いがあるんですね、それは現実日本徳用(老人ホーム)や終末医療(高額な医療費)のシビアな現実です。暗いよ!全楽さんもしょってるものが大きいんですね、そして楽太郎師匠も家元には気を使っていて、なんかすごい世界と畏敬の念をいだかせます。(出所した田中角栄を迎えたのは金丸さん一人だった)大マスコミ追悼の楽太郎師匠のコメントには感動しました。生志さんこれからの落語界よろしくお願いします。
by 小浜 (2009-11-08 16:52) 

ミカン

習志野寄席は文都さんへのよい追悼の会になったようですね。私もそこにいたかったなあ。だけど生志さん、文章の最後の方が気になりました。「年番だからやっている」と思った記者さんは、生志さんが文都さんのことをとても慕っていることを知らなかっただけでしょう。「もっと中央で」との発言をした弟子の方も決して習志野寄席をバカにしたわけではないと思いますよ。見舞いに行かなかった弟子の方も文都さんのことを心配していたと思います。葬儀に行かなくたって悲しんでいたと思います。噺家さんなんだから高座で思い出を語るのだって供養なんじゃないですか?自分だけが文都さんのことを思っているみたいな発言は良くないですよ。ブログというのは誰が読んでいるか分からないし、どんなかたちで関係者の耳に入るとも分かりません。こんなことで兄弟弟子同士、気まずい関係になったりしたら、それこそ文都さんが天国で困ってしまいますよ。
by ミカン (2009-11-09 20:43) 

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